ウェブアーカイブ:第1回HiFサロン(FENICS共催)「学生が現地で遭う被害」

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発表4 話し手:八塚春名先生(津田塾大学)「学生を送り出す立場から、生じる葛藤や疑問」

 津田塾の八塚です。今日は学生を送り出す立場から生じる葛藤や疑問というテーマでお話しさせて頂きます。SAYNO!の方々のお話、特に被害の事例を聞いて、いくら本人がしっかりと気をつけていても巻き込まれてしまうことはあり、予防できるよう指導することは非常に難しいと感じました。とはいえ、小さなことから予防対策・安全対策をしていくことは、やはり必要だという気持ちで今からお話させて頂きます。フィールドワークを長年やってきた方には当たり前の話かもしれませんが、今日参加している学生の皆さんにも届けばいいなと思います。

 今日はまず、わたしがタンザニアでフィールドワークをしてきて、気をつけてきたことや結果的に安全対策になっていた行動を簡単にお話しします。二つ目は送り出す側として学生に気をつけてもらいたいこと、私が気になっていることを簡単にお伝えします。

1.わたしの場合:フィールドで感じたこと、気を付けていたこと

1-1.フィールドワーク初心者のときの経験

 最初にわたしの経験です。わたしが初めてタンザニアに行ったのは2003年の10月でした。当時は現地の言葉や地理もわからない状態でした。現地に着いて数日後に街中を歩いていると、突然「こんにちは」と片言の日本語を話すタンザニア人が近づいてきました。よくわからないままに、スワヒリ語を教えてくれるというその人について、クジャクがいる近くのボタニカルガーデンに行きました。そしてボタニカルガーデンのベンチに座って喋っていると、だんだん雰囲気がおかしくなってきました。さすがのわたしも「この人おかしいぞ」と思い、最終的にはわたしが「もう帰る」と言ってその場を去りました。オープンスペースで周りに人もたくさんいたので実際に何かをされたというわけではありませんでしたが、現地の地理もわからない状態で遠回りをして道に迷い、自己嫌悪に陥りながら帰ったことをよく覚えています。この経験は、スワヒリ語がわからなかったことよりも、スワヒリ語がわからないことに焦りを感じていたことに起因し、「スワヒリ語を教えてあげる」という甘い誘いに乗ってしまったことが原因です。そしてもう一つは、現地の事情がわかっていなかったこと。今なら「あのあたりの地域でこういう人に声をかけられたらついていかないように」といくらでも言えますが、当時はそれがわからなかった。今学生を送り出す立場としてお話させて頂いているわたしですが、最初はこんな状態でした。つまり誰だって被害に遭う可能性がじゅうぶんあり、わたしの場合はたまたま運が良くこれ以上のことはなく、無事に帰れた。これが現地に着いて数日後の話です。

1-2.フィールドの人に守られること:村での立ち位置と暮らし

 そのあと調査地に行きました。お世話になる村を見つけ、村の役人たちがホームステイ先を決めてくれました。ホームステイ先のおじいさんはかつて地域行政のトップを務めた人で、その地域で彼を知らない人はいませんでした。わたしはステイ先の家族にすごく良くしてもらい、心底、彼らに守ってもらったと感じています。当時わたしは大学院に入学したばかりでしたが、村の人たちから小学生だと勘違いされたこともあるくらい、小さな女の子だと思われていました。そのせいか、周りの人たちは「あの何も知らない外国から来た女の子を守ってあげないと」と思ってくれていたようで、多くの人がわたしを気にかけ、面倒をみてくれました。おかげでわたしは調査村で大きなトラブルに遭ったことはなく、それは本当に恵まれていたと思います。

1-3.調査地で気を付けた安全対策

 調査地でわたしが安全対策という意味でやってきたことは、ひとりの女性にアシスタントとして毎日同行してもらうことです。当初は意図的に女性にお願いしていましたが、結果的にはその後もほぼ毎回、女性でした。アシスタントをお願いしたのは、村に慣れるためという目的が大きかったですが、ステイ先のおばあちゃんに「ひとりでどこかに行ってはいけない」と、口を酸っぱくして言われていたからでもありました。また、村の中でも暗くなる前に家に帰ることはずっと守っています。電気のない村なので暗くなると足元が見えないということもありますが、暗くなって帰るとステイ先のおばあちゃんがイヤな顔をするという理由もありました。

 村の中でたいしたトラブルはありませんでしたが、たまに酔っ払った人が家に来てわたしにベタベタ触ってきたり、すごく近い距離で話してきたりすることは何度かありました。でも日ごろ調査に協力してくれる人だったりもするので、露骨にイヤな顔もしにくくて・・。だから必ずオープンスペースで対応するようにしていました。アフリカは家の外でおしゃべりをしたりご飯を食べることが多く、人が集まるスペースがあります。そこで対応するようにしていたので、ステイ先のおばあちゃんが割って入ってくれたこともありました。また結果的に良かったなと思う行動は、積極的に自分がどこの誰にお世話になっているかを明かすようにしていたことです。お話したようにわたしのステイ先のおじいちゃんは地域行政のトップも務めた人なので、「あの人の家にいるこの子とトラブルを起こしてはいけない」と周りが思ってくれたというのはあると思います。わたしが一番気にしていたのは、自分がトラブルに巻き込まれることでタンザニアやフィールドの人たちを嫌いになりたくないということだったので、そうならないために自分が気をつけられることは気をつけたいという気持ちが一番大きかったです。ただし、どこに滞在しているかを明かすことは不特定多数の人が暮らす都市部などでは有効ではないかもしれません。

 都市部では、わたしはあまりホテルに泊まらずに、知人の家に泊まっています。これは逆に危なく思えるかもしれませんが、わたしにとっては知らない人しかいないホテルよりも、よく知っている人たちと過ごせる空間のほうが、むしろ安心感がありました。それから移動中、例えば長距離バスでは隣の人と喋るようにしています。特に知らない場所に行く場合は積極的に喋ることで到着前に情報を得ています。隣の人が知らなくてもその人が周りに聞いてくれることもあります。そうしてバスを降りてから、知らない土地でよくわからないままにタクシーに乗るようなことがないように、事前になるべく情報を得たり、トラブルに巻き込まれた時に助けてくれる人をひとりでも多く作るということをしていました。でもおしゃべりをすると、とくに相手が男性の場合、携帯の番号を教えてくれとよく言われるので、最近は123456789といった、いかにも嘘な番号を伝えます。そうすると相手もすぐに嘘だと気付くのですが、あまりに明らかな嘘なのでたいていは笑い話になります。相手を怒らせてトラブルになるのは避けたい、でも番号も教えたくないという時はよくこの手を使っています。

1-4.テントをどこに張る?新しいフィールドで孤立しないことの大切さ

 2012年から、同じタンザニア内の新しいフィールドを開拓しました。そのフィールドは、ブッシュの中に植物性の小屋が集まった小さな集落です。わたしはそこにテントを張って滞在するのですが、行くたびに毎回、わたしのテントをどこに張るかという問題になります。このフィールドは外国人観光客が多く訪れるところなので、現地の人からはわたしのテントを観光客から見えないところ、つまり、みんなの家からぽつんと離れたところに張るように提案されます。でもそれは不安なので嫌だと言うと、「男性が火を焚いて見張りをするから大丈夫だ」と言われるんです。しかし女性が誰もいないところでテントを張るのはやはり不安なので、毎回、女の人たちの近くにテントを張りたいと主張しています。結果的にはいつもわたしの主張を聞き入れてくれるのですが、毎回その交渉をします。もちろん、必ずしも女性だけが味方というわけではありませんが、女性たちにすぐ聞こえる場所に寝床を設けるということだけは、譲れないことだと考えてきました。こうしてフィールドワークを続けてきて、自分の経験から伝えられることは小さなことばかりですが、学生のみなさんには、セキュリティは高めておいて欲しいと思っています。

2.学生の皆さんに気を付けてほしいこと

 では、送り出す側として学生のみなさんに気をつけて欲しいことを3つほどお伝えします。

2-1.ホームステイ先選びは慎重に

 1点目はホームステイ先をどのように選ぶかということです。焦って決めたりしないで欲しいです。今はSNSで知り合った人の家に泊めてもらうケースは多数出てくると思いますが、やはりじっくり吟味して欲しいです。ホームステイ先を探すマッチングアプリを使って滞在先を決めたら、家主からのハラスメントにあいそうになり逃げてきたという話を聞いたこともあります。また、現地をよく知る日本人にステイ先を紹介してもらう場合も、女性の場合はなるべく女性のいる家にホームステイをして欲しいし、そういう希望を伝えて欲しいです。紹介してくれる人が日本人だとしても、性別や年齢や立場によっては、現地の人との関係性が学生さんと異なるかもしれません。その人にはよくてもあなたにはよくない、ということもあります。だから、遠慮しないでなるべく自分の希望を伝えて欲しいです。焦って見つけるのではなく、なるべく現地の社会関係をよく知る人に相談して、自分の住まいを決めて欲しいです。

2-2.現地の人の厚意に甘えること

 2点目は、現地の人たちの言うことを守ること、お節介に甘えるということです。わたしのステイ先のおばあちゃんは「ひとりで遠くに行ってはいけない」とよく言っていましたが、それゆえ調査が思うようにできないフラストレーションを抱えたこともありました。おばあちゃんはわたしに「ひとりでどこかに行ってレイプされることが怖くないのか」と怒ったこともあります。わたしは平和な村だと思っていたけれど、知らなかっただけで、この村でも事件はいくらでも起こるのだということを教えられました。また、アフリカはお節介な人がたくさんいて、「街に行くなら誰々のところに泊まりなさい」と、自分の親戚の家に泊まるように提案してくれたりします。わたしはこうしたお節介に甘えて、皆さんの提案どおりに街でも人の家に泊まることを続けてきました。これがむしろ安全なのではないかと思ったのは、現地の人たち(とくに女性)がそうしているからです。彼女たちがそうするのは、宿泊にお金をかけないという理由は大きいですが、やはりそれだけではなく、ひとりでいるより安全だという意識が働いているんだと思います。一方で、フィールドワーカーとしてひとりでじっくり研究内容を考える時間も大切だからずっと人の家に泊まるのはどうなのかと疑問視されたこともあります。でも、安全面が担保されるなら、研究者としてのミッションは二の次でいいのではないかと思っています。わたしが現地の人たちの提案に沿って続けてきた行動が、結果的にはむしろプラスになったということは、今振り返るといくつもあったと感じています。

2-3.恋愛なら問題ない?フィールドでの恋愛にまつわる複雑な問題

 3点目は複雑な問題ですが、「被害」ではなく「恋愛」だったら問題ないのかという点も考えておきたいです。現地で彼氏ができることもあるかもしれません。それはもちろんかまわないのですが、相手が既婚者であったり、子どもができたりすると、とてもややこしくなることもあります。日本のように手続きをすれば離婚ができる社会ばかりではありません。フィールドで恋愛をするのはけっこうですが、その社会の事情がわかっていないなかで相手の言い分だけを信じて恋に落ちると後々困ることもありえるということは頭のすみに入れておいて欲しいです。

3.教員が気を付けること:フィールドでの学生との距離感

 最後は教員である自分への自戒も込めて。学生さんはフィールドに長期で滞在していると、心細くなったり不安になることがあると思います。そんな時にフィールドを訪ねてくれる先輩や教員は、学生にとって頼もしく素敵に見えることがあると思います。教員側は、学生さんが自分をそういうふうに見ることがあり得ると、自覚して行動するのは必要だと感じています。また、本人たちは良くても他の学生が2人をどう見るのかという点も気にしなければいけなくて、教員と友人が必要以上に仲が良いことに嫌悪感をおぼえる学生もいるはずです。さらにそれがハラスメントのきっかけになることだってあり得るでしょう。フィールドワーク時には、教員と学生ふたりきりという場面もいくらでもあります。そうであるならば、学生と教員が、ある程度の距離を保つことは必要なことだと思います。

 最後に、教員としては学生さんに自分でフィールドを開拓して立派なフィールドワーカーになって欲しいと思いますし、手取り足取り世話をすることはしたくないと思っています。ただ、一方で最低限の安全対策は取って欲しいです。だからステイ先を焦って選ばない、なるべく女性のいる家にして欲しい、おかしいと感じたらとにかく逃げる、現地の人に頼ることを躊躇しないということを心にとめてほしいです。調査は安全対策を取ってからすることだということを再確認してください。