ウェブアーカイブ:第1回HiFサロン(FENICS共催)「学生が現地で遭う被害」

目次

総括 話し手:椎野若菜(東京外国語大学、NPO法人FENICS代表) 

 こんにちは。椎野若菜です。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所で社会人類学、東アフリカを専門としています。また、フィールドワーカーのためのNPO法人 FENICSを仲間と設立し、活動しています。SAYNO!の学生さんの性暴力対策マニュアルに協力した経験をもとに、私が考えたことなどをお話したいと思います。

1.フィールドワークと留学の違いと接点

 私自身が初めてフィールドであるアフリカへ行ったのは、1995年です。このプロジェクト(フィールドワークとハラスメント (live-on.net))の若手の方々とは一回りくらい違います。大抵の女性が何かしらのセクハラ、あるいは深刻だと性被害の経験があると思いますが、それを何とか克服しながら、今に至っている教員も多くいらっしゃると思います。私自身もそういう感じで過ごしてきました。

 この問題について、改めて考えるきっかけになったのが去年(2019年)にある女子学生と再会したことでした。彼女は、1年生の時に私の授業を受講してくれて、3年生になって再び私の専門講義を受講してくれたときに再会しました。彼女はアフリカに行ったのだけれどセクハラに遭い、やむを得ず帰国し、私と再会したのは、それから2週間たったばかりというときでした。そのとき彼女はアフリカを嫌いにならないようにしたいと言ってくれたのですが、その半年の授業で、彼女に対し、どうしたらよいかと思いながら過ごしました。それと同時に、私自身の経験などもよみがえってくるわけです。

 さきほどもお話がありましたけれど、もともと留学とフィールドワークというのは異なるものだったと思います。れっきとした海外のある大学に所属し、授業に出て単位をとる留学と、フィールドワークは違うものでした。しかし、今では、トビタテ留学JAPANをはじめ、国際NGOのインターンもたくさんあります。大学側、教員側も、海外にでて学ぶあらゆる機会を、やる気のある学生さんにとってのフィールドワークの第一歩として使うことを認めていることがよくあると思います。留学とフィールドワークの大きな構図の違いというのは今でもありますが、システムとして重なる部分も結構あるということを発見しました。

2.フィールドワークと性被害・ハラスメントという問題

 今年(2020年)1月に出た『フィールドワークの安全対策』(第9巻 フィールドワークの安全対策 | 100万人のフィールドワーカーシリーズ | FENICS (jpn.org))では、フィールドにおけるジェンダーの問題を杉江あいさん(名古屋大学)が書いてくれました。また、飯嶋秀治さん(九州大学)がフィールドにおいてフィールドワーカーの受ける性被害として、現地の人からよりもむしろ教員等からのセクハラが大半を占める調査結果(アメリカの人類学会の場合)を提示されました。この本をもとに文化人類学会で分科会を開いた際には、セクハラについてどう扱うのかというコメントを頂きました。この問題について、どう取り扱おうかと考えていたところ、私の知っている学生さんが留学先で深刻な性被害にあっていたことがわかり、しかも自分たちで声を上げ始めていることを知りました。それがSAYNO!(SAYNO! (sayno-ryugaku.com))です。そういうわけで、背中を押されるように、自分ができることとしてまずはじめたのが、彼女たちの作成している「性被害対策マニュアル」に少しでも助言を行うことでした。そして、偶然の流れなのですが、大友さんたちがフィールドワークにおけるハラスメントに取り組むファンドをとる計画も知ります。

 そもそもフィールドワーカーとして、わたしたちFENICS(FENICS (jpn.org))なり、この共同研究のメンバー(フィールドワークとハラスメント (live-on.net))も、フィールドワークに行く場合のセクハラ・性被害を取り上げる予定で本プロジェクトを立ち上げました。フィールドワークとは、何事にも代えがたい、人間の身体を使った有効な調査方法です。そのフィールドワークで成り立っている学問をしている私たちは、とりわけアカデミックなセクシュアルハラスメントをなくして後継者を育てる必要があるという強い思いがあります。現地との関係では、非常に難しい問題が沢山ありますが、アカデミックなハラスメントというのがまずいち早くなくしていかなくてはならないことだと思っています。もちろん、すべてのハラスメントは良くないというのは言うまでもありませんが。

 フィールドワークという行為は失敗から学ぶことが非常に多く、反省やそれを克服する過程でいろんな方法を考えたり、発見もある、それは事実です。しかし、命に関わることは失敗してはいけない。これに関しては詳しくは本を読んでいただきたいと思いますが、最近は訴訟問題にもなり、これも教員がどうするべきか議論があります。そして性に関わる事故というものも、本人が事故から学ぶものではない。そもそも、性被害は失敗ではない。ですので、行く側も送る側もシミュレーションが非常に重要ではないかと思っています。

3.SAYNO!との「被害対策マニュアル」作りを通して感じたこと

 SAYNO!の学生さんとのやりとりでは、いろいろなことを考えさせられました。最初、彼女たちからマニュアルを作っていますと言われたときに、「マニュアルってありうるかな」と正直思いました。完璧なものはもちろんあり得ません。ただ、彼女たちのこの取り組みを通じて、端的なメッセージを伝えていく、そしてそれが注意喚起になっていくと思いました。彼女たちの経験は、他の誰かのことではない、もしかしてあなたのことかもしれない。今まで深刻な被害に遭わなかった人でも、何かの加減で深刻な被害を受ける可能性がありえた、という人がほとんどではないかと思います。そして、もし被害に遭った場合には、誰に相談すればいいのか。これはすごくみんなで考えたところですが、非常に難しい問題です。

 彼女たちが言うには、このマニュアルは見開きで作っている、それは、もし被害に遭ったときに、手が震えながらでも、そういえばあの紙があったと思って取り出して見るというわけです。

 被害に遭った場合をシミュレーションしてみると、まず検査・対処が必要だけれども、誰にどのように相談するかが問題になります。まず大使館に連絡するかな、と普通の人は思うのではないでしょうか。私は恥ずかしながら大使館がどのようにこういった問題に対応しているか知らず、大使館勤めの友人に問い合わせしました。旅レジへの登録が必須というのは大前提ですが、緊急で医務官と連絡とりたいときにどうしたらいいのか。しかも、トビタテでは大使館がないところも留学先として認められているケースもありました。大使館員や医務官の携帯番号は非常にプライベートなものですから、もちろん現地にいる人の中でもプライベートにやりとりがある人でないと知らないものです。また友人によると、大使館の窓口で対応する人に対して、性被害について丁寧で十分な対応ができるという期待をあまりしてはいけない、というのも、そもそもそういう対応のための訓練をされていない場合も多く、セキュリティ会社から出向してきているだけという人もいるでしょう。最悪の場合は、こういった問題に全く関心がなく、むしろ相談することによるセカンドレイプの方が怖いという可能性もあるわけです。

 そうすると、現地で何に頼ったらいいのでしょうか、近くにいる異性に頼ってはいけないのでしょうか?今日のSAYNO!のメンバーたちの発表では衝撃的な事例がありましたが、彼女たちとのやりとりで震えたのが、現地の日本人社会におけるジェンダー・セクシュアリティ文化です。若くて派遣されたばかりの、まだ入社2~3年の男性社員からは、「会社内でセクハラの講座があったとしても意味がない。会社の文化として不倫は当たり前にある。どうやってこれを変えられるのかわからない」というように言われたそうです。新しく入社した若い男性は(会社の文化は)おかしい、と思うわけですね。そういう事態が常態化している。

 では、現地の人で同性なら良いのか。これは八塚さんのおっしゃるようにフィールドの初心者ですと、まだ現地の人に頼るような状態じゃないと考えていいかもしれません。あるいは、やはり細かなことは日本語でしか言えない。これも難しいところです。また、女性は女性の味方かというと、そうとも言えない面もあるわけです。初めて会った若い女の子が色々言ってくるというのは、現地で肩肘張って頑張っているキャリア日本人女性にとってみれば、自分自身を支えるので一杯で相手にできない、という場合もあるでしょう。同性だと良いのかというと、そういうわけでもないわけです。

 そうなると、教員との共通の知り合いがいるといいのか?これもいろんなパワー関係が考えられます。他にも、アフターピルについては事前に用意して現地に持っていくべきなのかという問題もあります。こうした情報は、あらかじめ被害者になりうる女性自身が、しっかりともっていないといけない、ということになります(送り出す側もしっかりと助言をしないといけない)。

 また、できれば所属大学内の先生だけではなく、学外の複数のメンターとも関係を持っている方がいいでしょう。そして、フィールドワーク一般の事前セミナーがあるなら必ず一回は参加して、教員などに繋いでもらった場合、出国時、帰国時などの連絡を怠らないことも大事です。つまり、教員と学生側のコミュニケーションを良好に保って、お互いのことをよく知るという関係性が重要なのです。そして、送り出す側もどういうことが起こりうるのかというシミュレーションを共に描きながら、渡航先について土地勘のある研究者と学生をつなぐ、現地でメンターとなりうる人物と予めつなぐということが、基本的な第一歩だと思います。ただし、たくさんフィールドワークに学生を出している津田塾大学でも、渡航前のセミナーはやっと開催されるようになったとのことなので、このセミナーも開けていない大学も沢山あると思います。性被害について、身体についての渡航前セミナー開催の義務化、参加の義務化に向かって動いていただきたいと思います。

4.今後の活動について

 FENICSとしては、まず経験の共有として、本サロン(「女性・若手研究者がフィールドで直面するハラスメント」サロン)では今後大学生以上のフィールドワーカーのセクハラなども扱っていきたいと思います。その際には、個々人の対処法、実際に生じた経験談から学び、次にフィールドに行く誰かのためになるということを目指して開きたいと思っています。

 そして2番目としては、女性の身体とフィールドワークについて取り上げたいと思います。特に性被害についての知識共有は重要です。以前に一度、女性の身体とフィールドワークをテーマとして、産婦人科医の先生と共にイベントを開いたことがあります。一回だけでしたが、好評でした。東京で開催しましたが、関西から来ていただいた方もいました(2016年12月10日「女性フィールドワーカーの健康管理」リンク)。これもまた開かなくてはと思っています。そして被害に遭った場合のケアについても、これも難しいところですがクローズドのサロンなどを開いて取り上げたいと思います(第2回目サロンへのリンク)。

 3番目に、加害者となるかもしれないと恐れる男性との情報共有があげられます。これは非常にいいコメントを八塚さんがしてくださいましたが、クローズドのサロンを開いて欲しいとの希望も受けています。またフィールドにおけるテクニカルな面で、海洋調査などでは物理的にトイレがないなど、男性が多い場所でどういうふうに調査をするか、そういう場合の情報共有もしていかなくてはならないと思っています。何はともあれ、男性がともに関心をもって、様々な助言などを受け止めていっていただき、一緒に考えていかないと様々な状況は変えることができないと思うので、女性だけの集まりであってはならないと思います。被害に遭った人は、それがセカンドレイプ的によみがえることがあると思います。それを少しでも防ぐために、周りの空気、そしてシステムを変えていければと思います。まずは私からはこれで終わります。