目次
- 話し手:吉野一枝先生「女性のカラダとココロ〜性の自己決定権〜」
- 1.はじめに 性暴力と固定観念
- 1-1.性暴力ってなに?
- 2.性暴力に遭ってしまったら
- 2-1.性暴力に遭ってしまったときの窓口
- 2-2.性被害後の対処法1:緊急避妊ピル
- 2-3.性被害後の対処法2:証拠の確保
- 2-4.性被害後の対処法3:性感染症対策
- 2-5.性被害後の対処法4:心理的・経済的なハードルの高い警察への届け出
- 3.緊急避妊について
- 3-1.緊急避妊ピルってどんなもの?
- 3-2.緊急避妊ピルの値段は?飲む時期は?:おすすめは低用量ピルの常用内服
- 3-3.妊娠から出産までの期間は意外と短い:日本で中絶できるのは21週6日目まで
- 4.低用量ピル
- 4-1.女性の一生と女性ホルモン:女性の健康問題と女性特有疾患について
- 4-2.妊娠の予定がないときには排卵・月経は必要ない
- 4-3.疾患予防策としての低用量ピル
- 4-4.そもそも、ピルって何?
- 4-5.低用量ピル、どんなものがある?副作用は?
- 4-6.フィールドワークに低用量ピルとコンドームの携帯は必須
- 5.ジェンダーと性暴力
- 5-1.症状の背景にあるメンタル、ジェンダーの問題
- 5-2.DVの根底にあるジェンダーバイアスと権力性:対等な関係を築くことの大切さ
- 5-3.ジェンダーバイアスの克服と性の自己決定権
- 6.質疑応答
5.ジェンダーと性暴力
5-1.症状の背景にあるメンタル、ジェンダーの問題
ここからは、直接皆様には関係ないかもしれないんですけれども、私が産婦人科の外来をやってて出会う性暴力の話を聞いていただこうかなと思います。婦人科の日常診療の中で多い主訴というのは、だいたい月経が辛い・重いとか、月経が不順なんですとか、生理前に調子が悪くなるんですといったものです。あとはうちの患者さんの中で一番多い年代の、更年期の症状を訴えてくる方は、必ず毎日5人以上はいます。それからあと、性感染症じゃないかなって心配して来られる方。実はこれらの主訴の背景に色んなメンタルの問題があると思っています。
これは、さっき言った性暴力被害の検体を取っているクリニックのデータです(グラフ1、グラフ2)。このクリニックは、女性クリニックWe!TOYAMAという私の友人のクリニックなんですけど、ここのクリニックはフェミニストカウンセラーとも提携してて、カウンセリングとかもやるんですね。私自身も臨床心理士の資格を取ったのは、やっぱり婦人科って子宮とか卵巣の疾患だけじゃないんですね。その後ろにメンタルの問題がすごい隠れているので、そこを診ないと治療にもならないということなんです。そういうことをきっかけに資格を取ったんですけど、こんな風に色々メンタルの問題が後ろに隠れていました。DV、家族の暴力、それからセクハラ・パワハラ、性暴力の結果、体の具合が悪くなって実は眠れないんですとか、鬱っぽいんですっていう更年期の症状を訴えてきたと思ったら、夫がパワハラとDVっていう、そういうケースですね。そういうのが結構ありますよ、というデータなんです(グラフ2)。
グラフ1と2の出典:種部恭子編著 2020『医療にできること―性暴力救援マニュアル』新興医学出版社.
特に、富山は都市部ではないので、母役割・妻役割・娘役割・嫁役割って女性役割がすごい強い土地柄で。非常に女性の就労率は高いんです、富山って。それから持ち家率もとっても高い。そして、DV率が非常に高い地域です。そういう、女としてこうしなければ、みたいなものがすごく強い。で、性暴力ももちろん、DVもそうですけど、このジェンダーバイアスが強い地域は、その可能性が高くなると思ってます。つまり女性蔑視ですよね、根本にあるのは。女性の人権を全く考えてないからそういうことができるわけで、女性に人権があると思っている人たちはそういうことできないはずなので。それがない国ほど酷いと思います。
5-2.DVの根底にあるジェンダーバイアスと権力性:対等な関係を築くことの大切さ
DVの中でもデートDVっていうのは、夫婦関係でなくても、付き合ってる状態の彼・彼女の間柄でも起こることなんですけど、色んなDVがあります。精神的暴力、経済的暴力、身体的暴力。そのなかでやっぱり性的暴力は、望まない妊娠が起こってしまったり、性感染症になってしまったりしますので、一番悪質というか、全部総合されてると思うんです。その後ろにあるのはジェンダーバイアス、女らしさとか男らしさとか、幼少期から刷り込まれて不当に学習・内面化されたものであると私たちは思っています。パートナーから暴力を受けた経験のある人というのは、対等な関係を築くっていうことができないために被害者になってしまうことが多いんですね。たとえば、さっき言った先生と教え子とか、上司と部下とか、そういう関係性って、もう既にそこに非対称なパワーバランスがあるんですね。だから上に立つ人は、その関係性のなかで自分が力があるほうにいる、ということを自覚してないと、非常に困ったことになります。私たちも、医者・患者というのは、私は全く同等だと思ってますけど、やっぱり患者さんのほうはまだまだ、昔の「お医者様」みたいな感覚があって、医者の言うことには逆らえなかったりします。そういうこともあって、婦人科では、男性の医師は必ず看護師さんとか誰かそこにいないと、診察はできないようになってます。私は女性ですので、患者さんと2人で診察することもあるんですね。うちは、人員があんまりいないので、看護師さんがちょっと忙しいと付いて貰えない時があるんですけど、本当はそこも、看護師さんなりが付かないといけないんじゃないかなと思います。女性同士だとしても、やはり非対称なパワーバランス自体はあるので、患者さんが困ったことにならないように、それはパワーが上の方の人たちが配慮すべきことなんですね。
それがなかなか日本ではできていなくて、自分のパワーがあるから相手が言うことを聞いているんだっていうのを、「いや好意があるから、拒否されなかった」みたいに勘違いして、実際の事件で裁判になった例もありますよね。あれは自分の立場というか、(優位な立場にあるから無理矢理自分の言うことを聞かせられるパワーがあるという)自覚が全くないわけです。元々自分がそこ(上の立場)にいた人たちって、あまり自覚がないんですよね。下駄はかせて貰っているというのがわからない。だからそういうのを自覚するっていうのは非常に大事だと思います。(避妊や性感染症予防法について)色んな知識を知っていても、使えない関係性だと(その知識を)使えませんよと。
5-3.ジェンダーバイアスの克服と性の自己決定権
男女格差を示す総合指数、日本はどんどんダダ落ちして、2019年は153ヵ国中121位です。健康とか教育の分野は良いんですよ。健康は女性が長寿、平均寿命も長いですし。だけど、経済とか政治がダメなんですね。政治家とかそういうところに女性がいない。私たち医者も、最近でこそ女性の医師が増えてきましたけど、東京医大で女性の学生が差別されて、点数の低い男の人が下駄はかされてたっていう事件も、つい3年前くらい前の話ですから。そういう、ゲートをコントロールされちゃうってことも、あちこちでまだまだ起こってます。
ジェンダーというのは、生物学的なセックスとは違って社会的につくられた性別ですよね。ジェンダーはそもそも中立な言葉なんですけど、ジェンダーバイアスが出てきてしまうと、男だからこうあるべし・女だからこうあるべしとか、こんなはずはないとか、そういう決めつけが出てきてしまう。これが非常に弊害です。自分の身体っていうのは自分のものですから、性の自己決定権は自分にあります。他人ではありません。ですので、もちろん性自認とか性指向も含めて、性を自分で選ぶ権利がありますし、自分がいつ妊娠したいかしたくないか、したいんだったら何人産みたいかとか、女性にはそういうことを決める権利があるので、それを自分できちっと持っていただきたいなと思います。