不安定な職業的立場と組織の保身から掻き消されるセクハラ被害者の声

キーワード
ハラスメントの種類:セクハラ/性暴力
当時の加害者の属性:駐在員、同僚、男性、年上
当時の被害者の属性:学生、女性、年下
フィールドワークの種類:その他の調査
地域:南アジア
内容:体験の内省・振り返り

I はじめに

現地(南アジアのある国)で、年齢的にもキャリア的にも私は一番の「下っ端」の状況で、チームで調査をする仕事に加わった。私は20代の大学生であった。そのチームでは、私以外は仕事上の経験も豊富で、基本的にはいろいろ学ばせてもらい良くしてもらったと思っているが、その中のひとりに1年弱の間セクハラ行為を受けてしんどかった。そして、セクハラ行為を正すことは簡単ではないということを学んだ。組織は介入して被害者を助けるより、なるべく「なかったことにしたい」という力学が働くようだ。私も、コトを大きくしてチームから外されたりしたくない、将来につなげるために今は我慢すべしという思いもあった。以下に状況を報告する。

II 職場でのセクハラと夜間の急な訪問

仮にセクハラ行為を行う人をAさんと呼称すると、Aさんは初対面の時から人懐っこく、距離の近い人だった。私より年上の既婚者で、妻子を帯同して赴任していた。私の作業机に来ては、私の恋愛事情を聞いてきたり、握手が多かったり、私の肩に手をおいたりなどしていたが、当初、私自身この程度のことは不快ではあったが気にしないことにしていた。

私が賃貸する部屋が決まってしばらくしたある日、予告もなく夜21:00を過ぎてからAさんが訪ねてきた。インターホンのある賃貸アパートだったので、応答の際に「安全確認のための訪問」と言われた。「こんな夜に突然の安全確認?」とは思ったものの、安全管理が職掌のひとつでもあったAさんがすでにドアの向こう側にいた。Aさんから「仕事だ」と言われれば、私は、「着任直後だし、そういうものか」と思いドアを開けざるをえなかった。開けた瞬間、私は「だまされた」と思った。彼が酔っていたからだ。酒気を帯びていて、手土産だといってお酒を持っていた。私はドアを開けたまま、「お仕事なのに飲んでるんですか?」と聞いた。「飲んでるよ」とAさんは返答した。「酔っていたら、お仕事出来ないでしょう。今日じゃない日にお願いします」と私がいうと「もう来ちゃったから、また来るのは面倒なので、今日する」の一点張りでずんずん中に入ってきた。ドアは閉まってはいないが半開きの状態だ。

手土産だというお酒の瓶を、玄関を入ってすぐにあるテーブルに置いて「へー、こんなところに住んでるんだ」と家の中をうろうろしだした。実際にどれくらい経っていたのか確かめようもないが、私にとっては、ここまでは一瞬の出来事で、瞬時にAさんが家の中に入ってきたように感じられた。

私はとっさに「もう安全確認できたでしょう。ではお帰りください。また明日」と言ったが、Aさんは「えー、せっかく来たんだから飲もうよ。親睦を深めよう」「彼氏に会えなくてさみしいでしょ」などとあれやこれや言っては居座ろうとした。両者立ったままで10分くらいは押し問答したと思う。玄関ドアは閉じかかった状態で止まったまま、少しだけ空いていたので、私が「いい加減にしないと大きい声出しますよ。今日は飲みませんし、お話もしません。素面の時にお話ししましょう」とかなり強く、帰るのを促した。Aさんは「わかった。帰りたくないけど、じゃあ帰る。帰るから別れのハグをしよう」と言ってきた。もちろん拒否したが、「ハグしないと帰らない」と粘ってまた時間が過ぎていくので、最後は私が根負けする形になり、私が棒立ちになってAさんが私を抱きしめた。「はい、ではさようなら」とドアから送り出しドアを閉めた。私の手は震えていた。心臓もバクバクしている。もちろん気持ち悪い。でも、大事を起こさず帰ってくれたことに心から安堵した。

次の日、Aさんの方から大したことではないとでも言うように「昨日はごめんねー。安全確認は実施済みってことでOK。今度は、ゆっくり飲みながら話でもしよう」と普通に話しかけてきた。以後しばらくは、それまでのように軽口をきくような気さくに 接してきた。下ネタに属することや性的な事柄をフツウの会話のように話題にし、「彼氏がそばにいなくてさみしかったら、俺が慰めるよ」「キスしよう」発言や、肩に手を置かれることは続いていたが、もう家に来ることはなかったので、私も過度に緊張することが少なくなった。就業上の付き合いもあって、複数の人と一緒ならAさんがメンバーに入っていてもお酒を伴う食事にも一緒に行くようになった。

III 所属組織の対応

1 上司への相談

赴任から数か月たったころには、仕事場で他の人がいなくなる時に執務室に来てはセクハラ発言をされるようになり、やがて抱きつかれるようになった。当然こちらは拒否を表明していたが、Aさんは「嫌よ嫌よも、好きのうち」とでも思っているようでしつこかった。本人に面と向かって伝えてもらちが明かないので、Aさんのことを私の上司(Aさんよりも年上の男性)に相談した。もちろん、私は介入を期待していた。

その上司は一連の状況を聞き取ったうえで、「今まさに、例えば今日、その被害を受けたのですか」と聞いてきた。私は「いえ、今日はありません」と返答すると、上司は「では、次に起きたら、その時考えましょう」「Aさんはもう少しで帰国なんですよ」と返ってきた。一瞬「へ!?」と思った。「次にコトが起きないと対処しないと言っているの!?」「そもそも、私の話を信用していないの!?」「Aさんの帰任が近いから、それまで私に我慢しろと言ってるの!?」と瞬時にさまざまな問いが頭をめぐった。この時の私は「どういう意味ですか」とも問い返せないまま、上司との面談を終了してしまった。以後、フォローアップの面談もなく、何の報告もなかった。私も「あの件はどうなっていますか」とも聞かなかった。

2 周囲にいた女性の対応

職場で抱きつかれるようになった頃には、同僚の先輩女性何人かにも相談し、私がAさんと2人きりにならないように同じ空間にいてくれるよう依頼した。彼女たちは最大限サポートしてくれたと思うが、Aさんへの理解は「Aさんはそういう人(気に入った人とは距離を縮める人)だからねー」ということで、「気に入られちゃったんなら仕方ない。抱きつかれるくらいで済んでるんでしょ。もう家にも来ないわけだし。受け流すのがいいよ」といった具合だった。

3 任期付きの立場と悪いのは自分?という疑念

状況は過度に悪くなるでも改善されるでもなかったものの、私としては徐々に心理的にしんどくなる中、ある日突然、家族の事情でAさんは任地を離れた。最初に自宅を訪問されて抱きつかれてから1年弱が経過していたが、結果的に、Aさんの離任によって私へのセクハラは物理的になくなった。これらの一件を、相談したけれども何もしなかった上司の上司に報告しようかとか、Aさんの妻に言いつけようかとか、いろいろ考えたが、この仕事は任期制だったこともあり、こんな騒動に巻き込まれた私の方が不利な状況に陥るかもしれないという保身の思いもあって、多少は声を挙げたものの、結局「泣き寝入り」した。つまり正式な報告や訴えはしなかった。

当時から相当時間が経過した今、振り返ってみても、当時の震えと気持ち悪さは鮮明によみがえる。加えて、まだ研究のキャリアも浅く、何の成果も出していない何者でもない時期に、契約で任期付きで働いていた立場の者として、「コトを大きくして次の仕事に繋がらなかったらどうしよう」とか、「女性側にも落ち度があったでしょう」などと不本意なことを言われて逆に批判されることへの恐れがあったと思い返される。私の判断ミスで家に上げてしまっていたり、抱きつかせてしまったりしたと思っていた。それこそが私がより積極的な抗議行動をとれなかった最大の要因だと思う。

4 もう1つの心の傷

加えて、組織というものにも失望した。相談した現地の上司は、結局何もしなかったと思う。私の知らないところで誰かが何かしてくれていたかもしれないが、私は知りようがない。

声は小さかったかもしれないが、一応、職場の同僚や上司にはSOSを出したつもりである。だがそれが適切に受け取ってもらえて対処されなかったとき、私は無力だった。今にして思えば、Aさんに直接されたこととは別の意味で、傷ついていたと思う。当事者以外の他者は私に味方してくれると期待したが、期待したほどには味方になってはくれなかった。多くの他者は単なる傍観者だった。また、保身に傾いて妥協して自分を救わない自分にも苛立っていたのかもしれないとも考える。

IV 既婚者の方が「安全に」遊べるという考え

Aさんの離任後、1年ほどして私は以前から交際していた人と結婚した。私が当該国にいる間は、結婚相手は別の国にいるという別居婚だった。結婚後の驚いた変化としては、私の赴任していた国の別の職場の駐在員の男性たちが既婚であろうと未婚であろうと、あからさまに誘ってくるようになった。「旦那さんと一緒に住めないと夜はさみしいでしょ。どう今夜?」と。私が既婚だと、離婚するリスクをおかしてまで関係を迫らないだろうから「安全に」遊べると思っているようだった。これも非常に不愉快だったが、職場が異なり、自宅に押しかけられたりすることはなかったので、飲食の場で身体的距離が近くなったり接触されることを防ぎさえすれば、卑猥な発言にとどまり、被害は最小限だった。未婚よりも既婚の方が誘いが増える場合もあるのだと学んだのはこの時だった。

V おわりに

今ならもう少しうまい対応ができたかもしれないと思う部分もある一方で同時に、今でもさほど対応策は変わらないと思わないでもない。現在の社会状況だとセクハラを訴えやすい環境や法的措置に接続する環境は整いつつあるといえば、あると思うが、やはり組織と傍観者は厄介だし、任期付きで就業する場合、次の仕事につなげたい思いが先だって、自ら口を閉ざす構造にさほど変化はない気がする。この意味では、時の経過と経験値の増加を経てなお、今でもあれ以上の対応ができるかどうか、ワガコトながら疑わしい。