イスラーム圏における女性のフィールドワーク—バングラデシュの場合

Ⅲ 安全対策(事前にした(方が)よかった安全対策)

 私がはじめてバングラデシュに渡航したときに、事前に研究員の方から服装や体調管理、予防接種などに関しての注意事項などがまとめられた冊子をもらいました。しかし、それ以外に特に安全講習みたいなものを受けた覚えはありません。安全講習がないのは国内野外実習が授業の一環として義務付けられていた学部生の時も、また教員として出身大学に赴任してからも変わっていません。安全対策については大学によって対応がまちまちなので、私のように個人に一任されているようなケースも少なくありません。また、講習や渡航・滞在計画書のようなものの提出が義務付けられていたとしても、形式的なものになってしまっているかもしれません。海外のフィールドワークは特に地域によって事情や取るべき対策も異なり、大学や教員が各国・各地域のケースに対応するのは難しいので、フィールドワーカー自身が情報収集するしかない面もあります。

1 たびレジへの登録

 まず、たびレジへの登録は必須です[1]。たびレジに登録しておくとその国の日本大使館が治安情報や注意喚起などのメールを送ってくれるようになり、非常に便利です(つまり、フィールドでネット接続できる環境を確保することは安全対策上でも重要です)。特にバングラデシュではハルタル(ゼネスト)や抗議デモがときどき起こりますが、地方だとなかなか精確な情報が伝わってきません。幹線道路まで行ってみると車が走っておらず、「あ、ハルタルか」とわかります。ハルタルのときはできるだけ都市部での外出を避けた方がよいです。また、3か月以上滞在する方は在留届を滞在先の日本大使館に提出します。在留届を出しておかないと、何らかの事態で緊急脱出しなければならないときに大使館から連絡が来ません。

2 カウンターパート

 次に、フィールドでの滞在先やカウンターパートをどのように見つけるかについてです。バングラデシュでは現在、全国展開している巨大NGOや僻地で活動しているローカルNGOが多く、最近はこうしたNGOを頼ってフィールドワークをする人も見られます。しかし、その場合、そのNGOが本当に信頼できるかをきちんと事前に調べる必要があり、またNGOが見せたいものしかフィールドワーカーに見せず、研究がNGO側の視点に偏ってしまうという問題もあります。所属先によっては難しいかもしれませんが、最初のフィールドワークにはやはり教員と行くことをおすすめします(ただし、教員と2人きりというのも避けられるなら避けた方がよいです)。宿泊先やカウンターパート、また調査地と調査地への行き方なども教員といっしょに現地の様子を確認して決められるとよいです。指導教員がそのフィールドに精通していない場合は、他の大学の教員でも、頼めば調査に同行させてもらえるかもしれません(ただし、その場合にもその教員がどのような人か、信頼できる人かどうかリサーチする必要があり、指導教員に間に入ってもらうのがよいです)。また、フィールド国内のどの地域で治安が悪いのかも事前に調べた方がよいでしょう[2]

3 一人で勝手に行動しない

 最後に、フィールドにいるときの注意として、上にも書きましたが1人で勝手に行動しないというのは重要です。言葉ができるようになったり土地勘がついてきたりして、1人で行動できるようになってくると、1人で自由に動きたいと思うでしょう。しかし、受け入れ先やカウンターパートに「1人でどこかに行くな」と言われている場合、それはやはりそれだけ危険要素があるということなので、フィールドの人たちに迷惑をかけないためにも、指示に従うべきです。また、1人で外出できる場合も必ずどこへ行くか、何時頃帰る予定かを受け入れ先やカウンターパートに伝えておくべきです。何らかの事件に巻き込まれた場合、自分が外出しているのを誰も知らない状況だと、異変に気付く人がいないのでまずいです。そして、インタビューなどで密室に2人きりにならないというのも重要です。家に招かれた場合は、同伴者を連れて行くなど、相手と自分が2人きりにならないよう対策するとよいです。今はCovid-19のこともあるので、「3密を避けるように日本政府から指示されている」というのも、密室で2人きりという状況を避ける言い訳にできます[3]

4 調査許可

 何らかの事件に巻き込まれたときのことを考えて、私はフィールドの管轄の警察署や郡行政官(UNO:Upazila Nirbahi Officer)に調査のため滞在している旨を伝えています。この対策も最初からしていたわけではなく、ある事件に巻き込まれてからです。バングラデシュでは基本的に調査許可は不要ですが[4]、これをしておくことで万が一の際に警察と連絡が取りやすいです。ただし、普段のフィールドワークでは警官とは距離を置いておいた方が調査に支障が出ないでしょう(バングラデシュの庶民の間では一般的に警官は不正や賄賂などのために悪名高いです)。2016年7月のテロ事件後しばらくは、外国人1人1人に厳重な護衛がつきました。私も2017年2月に生後5か月の娘を初めて連れて行ったときは、一度調査に警官2名が同行しました。このとき、私が調査をしている間、警官たちには少し離れたところで待機していてもらいました。しかし、他にすることもない警官たちはそばを通りかかったバイクを片っ端からとめ、賄賂を要求しだしたので、もう次の日から護衛を断りました。こちらの安全対策にフィールドの人たちにも協力してもらうのは重要ですが、上記のような警察が絡んでくるようなケースで、フィールドの人たちの日常生活に支障が出ないようにするのも大切です。また、フィールドの近くの病院も確認しておくとよいでしょう。

5 日本人にも注意

 日本人会に入って現地の日本人ともつながりを持っておくというのもよいですが、現地の日本人から性暴力を受けるというケースも少なくありません[5]。私は主なフィールドが農村部だったので首都に住む日本人との付き合いは少ないですが、学生時代に日本大使館主催の開発勉強会の懇親会に参加したときに、同席した男性から違和感のある扱いをされた記憶があります。フィールドの人であれ、日本人であれ、油断は禁物です。

[1] たびレジ:https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/index.html

[2] 公安調査局:http://www.moj.go.jp/psia/index.html

[3] 三密回避の注意喚起ポスター(英語):https://www.kantei.go.jp/jp/content/000061935.pdf

[4] ただし、ミャンマーと国境沿いにあるロヒンギャ難民キャンプに外国人を含む部外者が入るには、RRRC:the Refugee Relief & Repatriation Commissionerに申請が必要です。

[5] SAYNO!:https://sayno-ryugaku.com/