イスラーム圏における女性のフィールドワーク—バングラデシュの場合

キーワード
ハラスメントの種類:セクハラ/性暴力
当時の加害者の属性:見知らぬ人、男性
当時の被害者の属性:学生、研究員
フィールドワークの種類:学術研究(学生)、学術研究(研究員)
地域:南アジア
内容:体験の内省・振り返り、事前準備・対策、フィールドワーク中の留意事項、お役立ち資料・連絡先

Ⅰ はじめに

 私は2007年からバングラデシュでフィールドワークをしています。

 バングラデシュは人口1億6365万人のうち、ムスリム(イスラーム教徒)が9割以上、ヒンドゥー教徒が8%、キリスト教徒と仏教徒があわせて1%を占める国です。1971年にパキスタンから独立した際、社会主義・世俗主義を標榜しましたが、宗教の政治利用の色彩が強まり、1988年にはイスラームが国教化されました。2011年には再び世俗主義に戻りましたが、2013年からムスリム過激派による無神論者や外国人などをターゲットとしたテロ事件が頻発するようになりました(これには、与野党の対立、バングラデシュ独立戦争犯罪をめぐる裁判、近隣諸国のテロ組織の影響など、様々な背景があります)。2016年7月にはIS系テロ組織(ネオJMB)によって日本人7名を含む20名が犠牲となった凄惨な事件が起こりました。

 しかし、この衝撃的な事件の前、2015年10月にも日本人が1名、地方の農村で殺害される事件が起こっていました。2015年10月の事件で犠牲になった日本人男性は、村に住んで農業を営み、ムスリムになり、村の人たちと同じ食べ物を食べ、モスクで礼拝していた方でした。すなわち、この事件では地域に一住民として溶け込んでいた日本人が殺害されたということです。この衝撃的な事実から、地方にボランティアや職員を住まわせていたJICAバングラデシュ事務所は方針転換し、地方への住み込みをやめています。

 2017年7月の事件以降、政府が本格的に過激派(「ミリタント」)摘発に乗り出し、テロは少なくなりました。しかし、2018年6月にはネオJMBが再び地方でテロ事件を起こし、2020年7月には、首都の警察署内で逮捕者から押収した不審物が爆発して「ISILベンガル」から犯行声明が出されています。ISはアメリカによる掃討によって勢力を削がれましたが、インターネットを通じて世界中にシンパを生み出し、ISに忠誠を誓うテロ組織を生み出しました。また、フィールドワークではどこで巻き込まれるかわからないテロのほかにも、様々な危険や困難に遭遇する可能性があります。

 私たちはフィールドワークを安全におこなうために、どのような対策をしたらよいのでしょうか。以下では、私のフィールドワークでの経験から、遭遇した(あるいは遭遇しうる)危険や注意すべきこと、安全対策について書いていきたいと思います。