アジア人男性として受けるハラスメント ––外国に「外国人」として暮らすということ

キーワード
ハラスメントの種類:その他
当時の加害者の属性:見知らぬ人
当時の被害者の属性:男性、学生
フィールドワークの種類:学術研究(学生)、留学
地域:アフリカ、ヨーロッパ
内容:体験の内省・振り返り、フィールドワーク中の留意事項、事前準備・対策

I はじめに

私は、スペインとモロッコをフィールドとする歴史学を専攻しています。ここでは、大学院の博士課程在籍時、私が2年間留学していたモロッコでの経験について書いていきたいと思います。初めに断っておきたいのですが、モロッコでのハラスメント被害事例を多く取り上げたのは、私がモロッコに長く暮らしていたからであって、私のもう一つの調査地であるスペインでは同様の被害が起こらない、ということは意味しません。事実、私はスペインでも人種差別を受けたことがありますし、軽犯罪に巻き込まれそうになったこともあります。重要なのは、私の体験は、どこでも、誰にでも起こりうることだということです。

さて、私が住んでいた町は中規模の地方都市で、モロッコの大都市、例えばラバトやカサブランカ、タンジャ(タンジール)に比べて、都市の規模も人口もコンパクトで、落ち着いた町でした。また、歴史的にもスペインと関わりが深い土地柄だったため、住民の多くがスペイン語を大なり小なり理解する、そんなところでした。

モロッコの地方都市であったにもかかわらず、この町で私は日本人を含む多くの外国人留学生や観光客に会いました。これは私の留学時期が、2010年から始まったいわゆる「アラブの春」によって、中東・北アフリカ諸国の政情が不安定化していった時期と重なっており、EU諸国やアメリカ合衆国の人々の留学先や旅行先がチュニジアやエジプトから、比較的政情が安定しているモロッコへシフトしていたからでした。留学生の多くは、軍関係や政府関係の仕事に就くために、あるいは自分の勉学や研究のためにアラビア語を勉強に来ている人たちでしたが、なかにはマリファナ(大麻)を吸うために来たといういい加減な人もいました。

本体験記のIIでは、主に現地の人々から私が受けたハラスメント体験を、IIIでは「外国人」として外国に暮らすことの経験について述べたいと思います。本題に移る前に、まず「外国人」であることと、その「特権」について、私の経験についてここでは述べておきたいと思います。

1 「外国人」であることと、その「特権」

留学のため、あるいは資料調査のために外国に滞在する際には、自分が「外国人」としてその国に滞在していることをきちんと理解する、ということが重要となってきます。外国人であるという性質は、時に不利益を招くこともありますが、同時に「特権」をもたらすこともあります。

例えば、私は留学中に月に1、2回はスペイン領アフリカの都市セウタに遊びに行っていました。セウタとモロッコの間には国境があり、国境には当然ですが両国の国境警備が常駐し、パスポートコントロールが設置されています。私の場合は、成人男性の日本国籍保持者なので、ビザなしでEU圏であるスペイン領セウタに入国することができますが1ビザ免除とシェンゲン条約については以下を参照。『ビザ 欧州諸国を訪問する方へ』(2021年5月28日閲覧)。なお、スペイン人をはじめとするEU市民もモロッコにはビザなしで入国可能である。、同じくこの国境を通過しようとするモロッコ人のなかには、スペインへの入国を拒否される人や、場合によっては国境警察(スペイン・モロッコ両国の)に殴られている人を目にすることさえもありました。私が自由に、そして暴力を振るわれることなくスペインとモロッコの間を行き来することができるのは、「日本国籍」という特権を持ち、それを行使しているからにほかなりません。そのため、このあとII-2で取り上げるモロッコ人男性が主張した「日本人はビザ無しでモロッコに入れるのに、モロッコ人が日本へ入るにはビザが必要なのは差別だ」という言葉に、私は大いに同意するところがあったのです。

なお、セウタはスペイン領、すなわちEU域内なので、モロッコ人が入国するためには通常はビザが必要となりますが、私の住んでいた町の住民(より正確には住民登録のある人)は、特別許可を得ていてパスポートのみでセウタへ入国することが許されていました。ただし、これはセウタ内部に限ったことで、スペイン本土への渡航する場合については他の地域のモロッコ人と同じくビザを取得する必要がありました。一方で私は、モロッコからセウタ、セウタからスペイン本土のアルヘシーラスへという全ての行程を、パスポート一つで行き来できたのです。

「外国人」に伴う「特権」を自覚して生活するということは、「特権」を積極的に利用する、という意味ではなく、自分の何気なく行っている行為が、実は現地の人々の目には「特権的」であると映る可能性があり、そこに社会的不平等が存在することを意識する必要がある、ということです。

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    ビザ免除とシェンゲン条約については以下を参照。『ビザ 欧州諸国を訪問する方へ』(2021年5月28日閲覧)。なお、スペイン人をはじめとするEU市民もモロッコにはビザなしで入国可能である。