目次
Ⅲ ハラスメント体験を出発点に:他のフィールドワーカーと法律家とのダイアログ
類似の体験をした研究者や法律家に聞きたいのは、ハラスメントに遭ってしまった後の自身へのケアと、他者に頼る対処法についてである。
1 ハラスメント体験後の“アフターケア”について
フィールドでのハラスメントの経験は、思い出すだけで、「気持ちが悪い」「吐き気がする」などの身体的・心理的な感覚を伴った、忘れられない苦々しい記憶となった。フィールドワークが始まってから現在まで、人として・女性としての尊厳を押し殺してしまったことは、私にのしかかり続けている。この重荷はこれからずっと背負っていかなくてはいけないのだろうか。スクールカウンセラーやセラピストに頼るのも一案だろう。また、この重荷を、何か別の形に変化させたり、捉え直したりできるようになるきっかけはないのだろうか。例えば、この体験記は、自分自身への戒め・備忘録として、次の世代の若手・女性研究者への注意喚起としてだけでなく、ある種の昇華として考えることができるかもしれない。それとも、新たなフィールドに行けば、この荷を下ろすことができるかもしれない。可能性はゼロではないだろう。トラウマを超えた先の新しいフィールドに“解放”はあるかもしれないが、現状は、その初めの一歩がなかなか踏み出せないでいる。ハラスメント体験のあるフィールドワーカーには、是非、ハラスメント体験後の自身の心のケア、また、再出発のための一歩の踏み出し方について是非、聞きたい。
2 フィールドでの横のつながり・ネットワーク作りについて
フィールド内部に守ってくれる人がいると決めかかることは断じてすべきではないが、調査中に自分を守るためのネットワーク作りが可能である場合、それは積極的に作っていくべきである。ただ、私の経験のように、コミュニティー内に加害者がいた場合、そのようなセーフティーネットは果たして機能するだろうかは疑問である。加害者以外に、自分のハラスメント体験を打ち明けることなどで、横の繋がりを紡いでいくことは、フィールドのコミュニティー内でのある種のセーフティーネットにはなるかもしれない。ただ、そのような横の繫がりがあることで、起こりうる余波(たとえば、“裏切者”“邪魔者”のレッテルを貼られることによって調査の中止、フィールド内での人間関係の崩壊を招くなど)の可能性を考えると、慎重にならざるを得ない。このことに関して、他のフィールドワーカーの奇譚のない意見や体験談を求めたい。
3 フィールドでのハラスメントに対しての大学からのアプローチ
私の通っていた大学には、他の多くの大学と同じようにハラスメント対策課があり、国際連合のジェンダー平等を推進する国際的なHeForShe運動[国際連合 日付不詳]にも積極的に賛同し、精力的にイベントなどの啓発活動をしていた。ただ、指導教官からのアドバイスはなく、また、研究の倫理審査委員会も学生が被害者になると言う想定はしていなかったため、当時の私は、自分の体験は大学に相談すべき事案ではない、もしくは、海外で起きたことなので、相談したとしても取り合ってもらえないと言う勝手な理解をしてしまっていた。今思えば、私を守ってくれた可能性が一番大きいのは、大学組織である。当時、所属大学のハラスメント対策課に助けを求めたら、何かしらアクションを起こせたのかもしれない。このような学生や研究者をすくい上げるためのハラスメント対策課は存在しないのだろうか。このような先駆的な取り組みをしている大学や組織があれば、教えて欲しい。
4 フィールドで遭遇したハラスメントに対する法的手段
“法的手段”が、フィールドでのハラスメントの文脈で、一体何を意味するのか検討もつかない状況にある。しかし、会社や大学組織内で起きたハラスメント事案に対しては法的手段に訴えることが不可能ではない現代社会で、同じコミュニティーに属していない者同士の間で起きたフィールドでのハラスメントの場合、被害者は、法的手段に訴えることは可能なのだろうか。もし、それが可能な場合、前例があるのかどうか。前例があった場合、その具体的な事例―例えば、相談窓口はどこにあるのか。また、どのようなプロセスを経て、そのような法的手段を取ることができたのか―を知りたい。さらに、法的手段をとることで、精神衛生・キャリア・生活一般への影響・跳ね返りがどの程度あったのか、法的措置を取った“後”の余波についても非常に興味がある。